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吉澤武彦のメールニュース「Muzinzo」です。

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49日間の物語

バウさん


━━━━━━━━━━ Muzinzo vol.81 ━━━━━━━━━━
      49日間の物語  ◆吉澤武彦◆
━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━
1月5日、わが師、バウさん(山田和尚氏)が亡くなりました。

このメールニュースでも毎度のように紹介してきたバウさん。
みなさんにもバウさんの訃報を伝えたいとも思いましたが、
結局今まで時間がかかりました。

訃報を聞いた日から激動の日々が始まり原稿を書く時間がなかった
こともあるのですが、それよりも、私には、バウさんの死について、
どう言葉にしたらいいかわからなかったのです。


人生をかけて、一言一言、言葉をじっくり選びながら丁寧に
表現したいそういう出来事なのです。

そんな『言葉にできない』気持ちの中にいるのですが、
バウさんから最後に託されたことをお伝えするために、
今日は久々にメールニュースを発行させていただきます。


****    **** 
 

12月28日21時59分。
バウさんから1本の電話がありました。
※○がバウさん


○「ちょっとええか~。たけちゃんに2つお願いしたいことがあるんだわ」

「はい」

○「ワシはもう、そんなに長くない。1年はもたん。」

「えっ」

○「ワシが死んだら、通夜も葬式もせずに、御茶ノ水にある山の上ホテルで
『お別れ会』をやってほしいんだわ。ワシが好きな曲、10曲選んでおくから
 その曲をみんなに聞いてもらいたいと思ってる」

「は、はい。」

○「2つ目は・・・、あかん、忘れた、なんやったかなぁ。う~ん。
(10秒後)あっ、思い出した!」

「よかったです(笑)」

○「『チベットの死者の書』って知ってるか?」

「聞いたことはありますが、内容についてはよく知りません。」

○「南アルプスの麓に住んでいて、ワシの犬を預かって飼ってくれている
 おおえさんって方が、日本語に訳して日本に初めて紹介したチベットの
 経典なんだけど、死んだ後、死者の魂が49日間にどんな経験をするか
 そこに全部書いてある。ワシの死を題材にしてその解説本を
 作ってみんなに紹介して欲しいんだわ。新宿にダライ・ラマ
 事務所があって、そこに行けばチベットのお坊さんに会えるから
 そこのお坊さんと共著でその解説本を作ってほしい。もしかしたら
 ダライ・ラマ法王からメッセージもらえるかもしれん。」

○「たけちゃん、どうや?」

「えっ・・・、『チベットの死者の書』について、正直あまり知らないので
 不安はありますが、お別れ会と本の件、喜んでやらせていただきます。」

○「そしたら、たけちゃんの都合のいい時、一回打ち合わせやろか。
 こっち来れる3日くらい前に連絡ちょうだい。その日に合わせて
 呼吸を整えて、打ち合わせできるように体調を整えておくから」

「わかりました」


****    ****   


このやりとりの1週間後、打ち合わせができないままバウさんは亡くなりました。

バウさんは長くない、それは私も分っていました。

次の打ち合わせの時、めいっぱい話をしよう、そう思っていた
のですが、それは実現できませんでした。

だから、半分くらい覚悟ができていたが、半分くらいは
受け入れることができない自分がいました。

バウさんの訃報の電話をカーシェアの事務所で受けてから、
身支度だけして仙台行のバスに飛び乗りました。

新幹線で埼玉県に向かいながら、そのままのスピードで49日間を
走り続けてきたように思います。

バウさんから託された2つのこと、特に私が力を注がなければ
いけないのは、2つ目の『チベットの死者の書』についての本だ
ということが、私には、はっきりしていました。

49日の時に行う「お別れ会」で参加される方々の手元にそれを届けることに
照準を合わせて、既に取り寄せていたCD版の『チベットの死者の書』を
移動中は常にiphoneで繰り返し聞き、時間を見つけて関連書を読み漁り
理解を進めていきました。

そして、ダライ・ラマ事務所(正式にはダライ・ラマ法王日本代表部事務所)
を訪れ、そこで紹介いただいたチベット仏教普及協会の
クンチョック・シタル氏の元に毎週末石巻から通いながらアドバイスを
いただき、最終的に本の監修まで引き受けてくださることになりました。

導かれるように出会い、チベット仏教の研究もされていた田口ランディさん
『チベットの死者の書』のCDをプロデュースされたことのある谷崎テトラさん、
翻訳本で日本に紹介したおおえまさのりさんにも時間を作っていただき
アドバイスいただきました。

バウさんが生前好きだった曲を自分なりに21曲選び、繰り返し
聞きながら原稿を作っていきました。

表紙を含む本の全体的なデザインは、弟子屈のトシさん
(トリオデザインのフジワラトシカズさん)が連日夜中まで作業してく
ださいました。

そして、お別れ会の始まる2時間前、完成した冊子は会場にギリギリ
セーフで到着しました。

私が会場に到着すると、誰かが祭壇に一冊置いてくださっていました。

「バウさん、なんとか間に合いましたよ!」

そう思いながら、祭壇に飾られていた特大バウさんを眺めました。

お別れ会にはたくさんの方々が山の上ホテルに集い、その一人一人に
冊子を手渡すことができました。

それにしても、本当にいろんな方が集まってくださいました。

来られた方からそれぞれお話を伺っていったのですが
みんな一人一人がバウさんとの特別な物語を持っていました。

バウさんと出会ったばかりの頃、バウさんは『縁起』について話
をしてくださった事がありました。

「全ての事は縁から起こる」

会場に集まった方の数だけ、事が起こったんだろうなぁとみなさんの
話を聞いていて思いました。

お別れ会の様子と、会で流したバウさんのお気に入りの10曲を
OPEN JAPANのブログで報告したのでよかったら聴いてみてください。
一つ一つの曲が、本当に味わい深い曲なのです。さすがバウさん。

【バウさん、いってらっしゃい!』
http://openjapan.net/11201


自分の死でさえ、それを使って後に続く人たちに何かを渡そうとした
バウさんの想いのこもった冊子。
生前バウさんは、「一緒に本を出そう」と、言ってくださっていたのですが、
それが実現した私にとってもかけがえのない冊子。
ぜひ手に取って読んでいただけると嬉しいです。


バウの道中記
~『チベットの死者の書』49日間の物語~

価格:300円(送料別)
送料とサンプル:http://openjapan.net/more/bowbook
お申込み:otoiawase@openjapan.net
※お名前、フリガナ、ご住所、電話番号、e-mailアドレス、購入数、
 何でお知りになったかをご記載の上ご連絡下さい。


****    ****   


お別れ会の翌日、出来上がった冊子を持ってダライ・ラマ事務所
に再び行きました。
ダライ・ラマ法王からのメッセージをいただくための打ち合わせを
行うためでした。

責任者のルントック氏はできる限りの協力は行うと言ってくださいました。
ただ、法王様やその側近の方が内容を確認し、メッセージを送るかどうかの
判断ができるよう英訳したものが必要とのことでした。

ということで、第二版はダライ・ラマ法王のメッセージ付で作れるように、
英訳を進めることになりました。
英訳にもしご協力いただける方いらっしゃいましたら、
ご連絡いただければとてもうれしく思います。

では、バウさんから預かった最後のプロジェクト、『49日間の物語』を
広める活動を心を込めて進めてまいります。
応援よろしくお願いします!


最後に、『49日間の物語』の1日目をご紹介します。

バウさんのお気に入りの曲を聞きながら読んでいただけると嬉しいです。
http://openjapan.net/11201


****    ****   


バウの道中記
~『チベットの死者の書』49日間の物語~


1月5日 午前7時10分頃。

「とうちゃん、いってきまーす。」

「おう、早く帰って来いよー。」

玄関を出ていく芳美を、バウは、居間からいつものように声をかけて見送った。

朝のニュースの左上に表示されている時間を確認し、テレビのスイッチを切った。

「そろそろ迎えの時間だな。ゆっくりロビーまで行っておこう。」

バウは10年ほど前から週3回の透析を続け、この3カ月ほど病院までの通院が
つらくなり、送迎サービスを利用していた。この日も朝から、迎えに来て
もらうことになっていた。

いつもの赤いジャンバーに腕を通し、玄関に腰をおろし、ゆっくり靴を履き、
手すりに手を伸ばした。

「ほっ!」

勢いをつけて立ち上がり、玄関に立てかけている2本の杖を手に取って、ドアを開けた。
表に出て、ポケットから鍵を取り出し、ドアに鍵をかけて、振り向いて一歩足を
出そうとした時、急に目眩がバウを襲った。

「あれっ…」

ドタン!

薄れていく意識の中、

「あかん!まだ、死なん!まだ、死なん!」

そうつぶやき続けた。

今まで何度か、死の入り口に立ったことがあった。しかし、いつもこの言葉を
繰り返すことで、死の淵から戻ってくることができた。

「山田さん、大丈夫ですか!」

近所の住人が、バウの倒れている姿を見つけ、救急車を呼んだ。

心臓マッサージなど、懸命な救命処置が行われたが、その甲斐なく9時17分バウは死んだ。

**   **   **    **

チカイ・バルド(死の瞬間のバルド)


「まだ死なん…まだ…」

呟くことができない意識の深淵に入っていった時、生まれた瞬間の世界が目の
前に現れた。若いころの母親と産婆さんらしき人が見えたと思ったら、人生を
一瞬のうちに再体験した。2度目の死を迎えた瞬間、強烈な光の世界が全体に
広がった。自分自身が光を放っているようで、世界全体から光に照らされている
ようで、その境界線がどこにあるかわからない。追体験と強烈な光を続けざまに
体験し、ただ困惑している意識だけがそこにはあった。

やがて、バウは気づいた。

「これが、死か…」


光の世界で、バウの意識は困惑し、自分の死を受け入れることができないでいた。
死期が近いのはわかっていて覚悟もしていた。しかし、死ぬまでの準備を
もう少しだけやっておきたかったのだ。

「戻りたい…」

そう呟いた。

すると、光が次第に鈍くなり、新たな風景が広がった。そこは病室だった。

「とうちゃん!」

自分の側にうずくまる芳美と、それを見つめる兄と姉が見えた。

「かあちゃん!」

叫んでも、バウの声は芳美には届かなかった。
自分の身体を眺め、もう戻れない現実を目の当たりにした時、バウの意識
に悲しみが溢れてきた。


少ししてから、芳美が病室を出た。そしてカバンから携帯電話を取り出し、
電話を掛ける様子をバウはじっと見つめていた。

「あっ、もしもし、タケちゃん!」

石巻のタケに連絡したことが分かった瞬間、バウの意識は電話を受けた
石巻のタケの元に瞬間移動した。

「もしもし。」

「年賀状ありがとうね。写真も一緒に送ってくれて、2人で写ってる写真は
すごく貴重なのでありがたかったです。」

「いえいえ、送るのが遅くなってしまい、すいませんでした。」

芳美は、少し沈黙して続けた。

「実は…山田バウが、今朝亡くなりました。」

「えっ!」

バウは、一部始終を眺めながら、今、自分がやった瞬間移動に驚いていた。

「これが、噂の意識の瞬間移動か。身体がなければ、人間の意識は
一瞬でどこへでも行けるということか。」

深刻な顔をしているタケの顔色を眺めながら、バウは語りかけた。

「タケちゃん、あとは頼んだぞ。最後の打ち合わせはできんかったけど、
大体のことは話しておいたから。あとはタケちゃんの思うようにやってくれたらええ。」


12月28日21時59分。

タケはバウから一本の電話を受けた。その時、バウは自分がもう
そんなに長くないということを伝え、2つのことをタケに託したのであった。

自分が死んだら葬式はせずに、御茶ノ水にある山の上ホテルで「お別れ会」
を行い、そこに集まってくれた人たちに自分のお気に入りの10曲を贈って
欲しいということ。

そして、自分を題材にして「チベットの死者の書」を多くの人に伝えて
欲しいということだった。

「チベットの死者の書」は、死後49日間に死者の魂が経験する出来事について
書かれたチベットの経典である。タケはそれについて、ほとんど知識を
持ち合わせていなかったが、それも分かったうえで託してくれたバウの気持ちを
受け止め、二つ返事で引き受けた。

年が明けてから一度打ち合わせをする予定だったが、その打ち合わせは実現しない
ままこの日を迎えたのだ。


「とうちゃん!」

自分を呼ぶ声を聴いた瞬間、バウは病室に戻っていた。

バウは、自分の聴力が極めて研ぎ澄まされていることに驚いた。生前は、片耳の
聴力を失い、もう片方の耳も、とても聞こえづらい状態だった。それが、今では
自分に話しかけられた言葉は一言一句クリアに聞こえるようになっていた。

バウの魂が身体を離れても、聴力と意識は繋がっていた。他の身体の感覚は
全くなかったが、音だけは直接バウの意識に響いたのだった。

病室では、バウの身体に語り掛ける芳美に、バウの兄が葬儀について話を切り出した。

「芳美さん、葬式とかの準備はどうしますか?」

「とうちゃんは生前、葬儀はやらないって言っていたので、式は行わないことにします。」

バウは、その言葉を頷きながら聞いていた。

「それでいい…」

そう呟いた瞬間、バウは再び強烈な光に包まれた。

たいていの魂は、この光で3日ほど気絶し続けるという。死後の混乱と恐怖で
覆いつくされた死者の意識にとってこの光は、驚きと恐怖に他ならないのである。

バウの意識は、先ほどの混乱はなかった。何故なら、生前「チベットの死者の書」
を読み、その光の意味が分かっていたのだ。

「この光こそ、ワシという存在の本当の姿。この光を恐れず、抵抗せず、光に
融け入ったら、ワシは成仏できるというわけだ。」

「…まだ、もう少し、ここに居たい。」

再び視界が開けてくるのを待ち、この日、バウは瞬間移動で様々な人たちに別れの
挨拶を告げに行った。

共に動いた友人たち。
おもいっきり叱った若い衆。
喧嘩別れした、かつての同志。
そして、家族。

バウの意識は、常に過去と共にいた。一瞬でその時代に戻り、追体験をすることが
できた。また、人の心の中にも入っていくことができた。その人が何を思い考えた
のか全て知ることができた。そうやって自分の人生の行い一つ一つを自分の視点
と他人の視点から見つめていった。

夜、バウはカナダのビクトリアにある湖の湖畔にいた。
カヌーと初めて出会った場所だった。
湖には、きれいな満月が映っていた。

「やっぱり、迎えに来てくれたんだね。」

バウの人生の節目は、たいてい満月の日だった。バウは、いつも月を見かけると
語り掛け、お月さんと特別な関係を自分の中で築いていったのだった。

この夜バウは、大好きな満月を眺めながら、自分の死を少しずつ受け入れていった。


(死後4日目の途中までは、下記のサイトでサンプルで読めます。)
http://openjapan.net/more/bowbook

────────────────────────────
 編集後記
────────────────────────────
このメールニュースもバウさんが私に提案してくださったことでした。
『無尽蔵』という名前もバウさんが付けてくださいました。

バウさんもブログで紹介してくださいました。
http://www.peace2001.org/2006/main/bow/20090518_bow_01.html

なんだか、私はいつもバウさんの期待に応えてこれなかったなぁと
自分の不甲斐なさを今、しみじみ感じています。

この8年間、私はスポンジになったつもりで、バウさんから様々な
事を学んできました。結局、最後までバウさんは私には計り知れない
大きな存在でした。

バウさんと別れた今、出会った時と同じように、私自身にターニング
ポイントが訪れたと感じています。

これからは、バウさんから学んだことを心に抱きながら、
私なりの人生をしっかりと歩んでいきたいと思います。

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

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────────────────────────────

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吉澤武彦 Takehiko Yoshizawa
TEL:070-5654-1538
E-mail:takehiko@gaea.ocn.ne.jp
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Author:吉澤武彦
日常全てが夢である

360°の方向性と
無限大の可能性を心と体全体に感じながら

自由に

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大胆に

この地球というキャンパスに

おもいっきり表現していきます。

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